第2 紛争の当事者は
『紛争を解決するための審判官』にはなれない
(1) 最高裁の多数意見は、大要「公職選挙法の定める「一票の不平等」が、国会の有する裁量権の合理的行使として是認されうる限り、公職選挙法は合憲である」と説く。しかしながら、この最高裁裁判官の多数意見のロジックは、説得力を欠く。
けだし、最高裁裁判官の多数意見は、「一票の不平等」を定めた公職選挙法が有効であるか否かの問題につき、当事者たる国会議員から成る国会又はどう控え目にみても「直接の利害関係者」たる国会議員から成る国会に、「一票の不平等」をどのように定めるかにつき、「裁量権の行使が合理的である限り」との条件が付くとはいえ、『裁量権』を認めているからである。
(2) 『衆議院選挙で最大・2倍強、参議院選挙で最大・4倍強の「一票の不平等」を定める公職選挙法の下で当選した国会議員が、国会議員としての地位を有しているか否か』という争点との関係では、「一票の不平等」のお陰で当選した国会議員は、正に「当事者」である。けだし、「一票の不平等」を定める公職選挙法のお陰で当選している国会議員は、「『一票の不平等』を定める公職選挙法が違憲・無効であるため、自らは、国会議員の地位を有しない」との最高裁判決が下ると、『自らが国会議員の地位を失うという関係』に立っているからである。
百歩譲って、仮にそうでないとしても、「一票の不平等」を定める公職選挙法のお陰で当選した国会議員は、当該争点についての利害関係を有している直接かつ特別の「利害関係者」である。
そして、「憲法に照らして、「一票の不平等」を定める公職選挙法が合憲・有効か否か」の問題は、「一票の不平等」のお陰で当選している国会議員の利害とは無関係に、専ら憲法14条の「法の下の平等」に照らして、公正に判断さるべき事項であることは、勿論である。
争点についての「当事者」又は「利害関係者」が、その争点を判断する審判者たり得ないことは、下記(3)、(4)に示すとおりである。
(3) 民事訴訟法が定める『除斥』の法理及び『忌避』の法理は、下記のとおりである。
● 裁判官が「事件の当事者」である場合は、裁判官は、「その職務執行から『除斥』される」(民事訴訟法23条1項1号)。けだし、かかる場合は、当該裁判官による公正な裁判を期待できないからである。
● 又、裁判官が訴訟の目的物に利害関係を有している場合は、『忌避』の原因となる(同24条1項)。けだし、裁判官が訴訟の目的物に利害関係を有している場合は、その裁判官の裁判の公正さが疑われる客観的事情が認められるからである(伊藤眞『民事訴訟法』[第3版再訂版]76頁有斐閣2007年)。
以上のとおり、「一票の不平等」に関する上記の最高裁の多数意見は、(判断の公正を確保するため、事件の当事者である裁判官を除斥するという)民事訴訟法23条1項1号の『除斥』の法理と矛盾し、かつ(判断の公正を確保するため、訴訟の目的物に利害関係を有する裁判官を忌避の原因ありとして、当該裁判との関係で忌避するという)民事訴訟法24条1項の『忌避』の法理とも矛盾する。
特に、公職選挙法に定める「一票の不平等」が、憲法14条に照らして、「一人一票」の基本的人権に違反するか否かという問題は、それが基本的人権と民主主義に係わる重大な問題であるだけに、特に厳しく判断者の公正な判断が要求される。
(4) 上記(3)に加えて、『議決権行使者が自らの利益とは無関係に、その議決権を行使するよう要求されている組織(例えば、株式会社の取締役会、社団法人の理事会、財団法人の評議員会等)に於いては、決議に特別の利害関係を有する議決権者は、決議に加わることができない』という『利害関係者による議決権行使禁止の法理』がある。けだし、『決議に特別の利害関係を有する議決権者又は投票権者が、自らの利害から離れて、公正に議決権を行使すること』は、およそ期待し得ないからである。
この法理は、会社法369条2項、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律95条2項、同189条3項に明文化されている。
即ち、会社法369条2項、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律95条2項、同189条3項は、夫々、決議に特別の利害関係を有する株式会社の取締役、一般社団法人の理事、又は一般社団法人の評議員は、「決議に加わることができない」、と定めている。
(5) 憲法14条の「法の下の平等」の下で、「一票の不平等」が許容され得る最大値は、コストを考慮したうえでの実務上採用可能な技術上の要請から生まれる制限によって決定されるべきである。
参考例として、下記の例を挙げよう。
米国連邦下院議員選挙においては、基準値の上下に亘る偏差が0.69%のもの(1983年)が違憲とされている(福田博元最高裁裁判官著『世襲政治家がなぜ生まれるのか?』137頁 日経BP社 2009)